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PICCでは「王道経営を学び、実践する、いい会社を増やす」を年度の最上位目的に掲げ、活動しています。会員企業は、いろいろなかたちで「いい会社」について学び、各社でできることに挑戦していますが、その一環として2023年6月29日と30日、長野県内で「いい会社」と名高い3社に訪問させていただくツアーを実施いたしました。
今回は、その中の1社、長野県諏訪市で日本酒造りをされている宮坂醸造株式会社での学びについてエッセンスを紹介させていただきます。テーマは「ブランドづくり」です。『真澄』で知られる宮坂醸造様がどのようにブランドをつくり、守っていらっしゃるか? 業種や業態は違えども、大切にすべきポイントには多くの会社で通ずるものがあると思います。ぜひツアーに参加できなかった皆様にとって参考になれば幸いです。
セラ真澄前にて、宮坂社長との記念撮影
我々中小企業にはブランド作りが大切です。ブランドがあれば、売上に困らず、優れた人材が集まり、良い取引先と出会えます。では、どうすれば高いブランド力を保てるか。私は、社長が夢を持ち、会社全体の夢にまで発展させ、社員一丸となって面倒でも着実に目前のことを積み上げていくことしかないのではと感じています。我々も蔵元『真澄』というブランドを一流にすべく精進する途中ではありますが、今回は皆様のヒントになるよう当社のブランドの元となる私の4つの夢と、実現のために実践していることをお伝えします。
会員向けに講話いただいた宮坂直孝社長
一つ目の夢は、「上質な真澄を最適な状態でお客様へ」お届けする。
作り手である我々が心から美味しいと思い、家族に安心して勧められ、仲の良い友人に胸を張って贈れるような酒を作るために、我々は次の3つを実践しています。
まずは、基本品質の向上。人材育成、質の良い米の選定、製造設備や技術開発への投資が必要です。2022年に当社は400坪のボトル冷蔵貯蔵庫を作りました。中小企業には大きな出費ですが、品質日本一を真剣に目指すならば必須の投資でした。
次に、コンセプトの明確化。商品やサービスを通して伝えたい思いを見出し、磨き上げます。当社では私の息子が若い感性をいかし、商品コンセプトの見直しやラベルデザインの洗練、ロゴマークの一新を行いました。新しいロゴマークは、家紋である蔦の葉をモチーフにしています。今後の海外展開を考えると、難しい漢字ロゴでは訴求が難しいためです。
最後が、我々が販売品質と呼ぶもの。良い酒を開発しても販売過程で滞りがあれば意味がありません。そのため、取引先の見直しを行いました。当社のこだわりや情熱を理解してくださる企業とだけ強く手を結べれば十分と考え、日本酒愛に燃え、品質管理力と情報伝達力に優れた流通業者との関係を大切にしています。
二つ目の夢は、「真澄でお客様の食卓を和やかに」する。
個人から社会の幸福の原点は、和やかな食卓です。『真澄』は食卓を和やかにする手段。地元長野県で放映するテレビCMでは、あくまで食卓の脇役としての『真澄』をアピールしています。一時期、食卓を彩るようなフルーティな酒が業界を席巻した時代がありました。一方、我々の酒蔵から生まれた「協会七号」という酵母からできる酒は、味わい深くもどこか地味。トレンドに合わせてフルーティな酵母を加えるべきか、既存のまま突き進むか。揺れる社内で息子が主張したのが「協会七号」の発祥である誇りを持つこと。大論争のうえ、七号系自社株酵母に特化した酒造りへ原点回帰することになりました。流行りとは一線を画し、料理の味わいを引き立てる上質な食中酒造りへ舵を切ったところ、売上げは下がるどころか、「飽きないのが良い」と支持してくださるお客様が増えました。
当日、利き酒をさせていただいた中から『真澄 白妙 SHIRO』
三つ目の夢は、「街に賑わいをもたらす酒蔵に」なる。
ドイツのビールメーカーやスコットランドのウイスキー蒸留所など、酒蔵が観光客を集め、経済を潤し、地域に賑わいをもたらしている例は世界にいくつもあります。長野県でも酒造組合が中心となり、地酒とそれを育んだ信州の風土も満喫する「信州SAKEカントリーツーリズム」が生まれ、飲み歩きクーポンを発行するなど街中観光の盛り上げを図っています。
また、当社でも蔵元ショップセラ真澄を立ち上げ、地元の職人が作ったこだわりの器や食品を揃えることで、酒以外の観光客との接点を増やしています。今後はイベントの開催や、信州食材とのペアリングを楽しめるレストランも作りたいという夢があります。有難いことにインバウンドのお客様も増えてきました。海外レストランのソムリエがシェフや社員を連れて訪れることもあるため、企業・団体向けのスペシャルテイスティングルームも企画中です。
最後の夢は、「日本酒を世界酒へ」です。
豊かな風土と長い年月と先人の知恵が育んだ日本酒の素晴らしさを世界に発信し、世界酒として進化させたいと思っています。当社は1999年にフランスはボルドーで開催された当時世界最大級のワインのトレードショーにブースを出展したことがあります。世界各国からアルコールのプロが集まる大舞台。残念ながら、「日本酒なんて聞いたことがない」という人が大半でした。とても悔しく、良い酒を作って、青い目を白黒させてやろうと燃えました。そこで、海外人材を雇用し、海外のレストランで、日本酒とは何かから伝えるスタッフトレーニングなどの教育的マーケティングを20年に渡って継続しました。地道な取り組みの結果、酒蔵に興味を持つ人が増え始め、今では酒蔵見学や体験会などが人気となっています。最近では香港と深圳に会社を設立し、アジア圏の営業拠点を充実させています。
以上が私の4つの夢と実現のための取り組みです。全てが順調な訳ではなく、まだまだ多くの人のお力を借りて努力している真っ最中。今後も皆様とともに成長していきたいと思っていますので、歩みを止めず進んでいきましょう。
当日の宮坂社長による講話の様子
宮坂醸造様は、1662年に創業された350余年の歴史を持つ老舗酒蔵です。長野県を代表する地酒として知られる『真澄』が、1943年の全国清酒品評会で最上位を獲得したことで一躍有名となりました。その後も上位入賞を繰り返したため、1946年には大蔵省醸造試験場から調査が入った結果、同社の蔵から日本酒造りに適した新種の酵母が発見され、「協会七号」と名づけられたそうです。
宮坂醸造様はこれを1社で独占するのではなく、広く酒造業界全体のため、全国の酒造所に配布することに同意されました。「協会7号を販売していたら莫大な利益になったと思う。ただ、ウチはその名誉だけで十分です」と語る宮坂社長の姿に、まさに公益資本主義で大切にしている「社会性」や「利他の心」を感じました。宮坂醸造様の魂の決断により、日本酒業界全体の品質向上につながったのです。発見から70年以上経つ今も、七号酵母は全国の約6割の酒蔵で活躍しているという事実から、同社の功績の大きさは疑いようもありません。
また、「年寄りは邪魔板でありたい」という言葉も、多くの会員の印象に残りました。350年以上の歴史の中で繰り返された先代と後継者との衝突について、会社や経営者が成長するために必要かつ前向きにとらえられているのです。宮坂社長自身、先代やご子息と意見がぶつかったことも多いそうですが、衝突があることでより深く考え、慎重に判断するきっかけとなっていることを何度も経験されたからです。
PICC会員の中にも、社内で経営のバトンを渡された者、渡す者、いろいろな立場がいますが、それぞれこの言葉を胸に、世代間で衝突をし、より「いい会社」にしていくための糧としていきたいと思います。
以上