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【PICC会員企業紹介 大久保会長との経営談義】
※ 本記事は、2019年10月に株式会社フォーバルから刊行された『王道経営』第7号に掲載されたものであり、掲載当時の情報となります。
最近はハラスメントなどの労務問題やメンタルヘルス対策で、社会保険労務士へのニーズが増えています。松田さんが代表を務めるマッチアップでは、人事労務に関わる事務の請け負いにとどまらず、アドバイザリー業務から戦略の策定、制度設計までをワンストップで行ない、300社を超える企業を支援しています。“人事・労務の新しい当たり前”を目指す松田さんに、これまでの歩みと今後の夢について伺いました。
社会保険労務士法人マッチアップ
代表社員 松田修(まつだ・おさむ)
1962年、兵庫県生まれ。特定社会保険労務士・行政書士。明治大学を卒業後、ノンバンクに就職し福岡に赴任、債権回収に従事する。信用金庫の融資渉外に転出後、制御機器メーカーの総務部門に転職、 社会保険労務士の資格を取得し、グループ再編を経験する。1999年、37歳で社会保険労務士法人マッチアップを 独立開業。起業間もない会社から上場企業まで150社を超える支援先、スタッフ12名と手を携え、ゴキゲンな職場創りに邁進中。一般社団法人公益資本主義推進協議会 福岡支部副支部長
――松田さんは福岡市に拠点を構えている社会保険労務士法人マッチアップの代表社員です。マッチアップは企業マネジメントの質を向上させるためのコンサルティングを行なっており、これまでに人事労務管理の支援を行なってきた会社の数は300社を超えています。また、支援してきた会社の規模も、スタートアップ段階の小さな会社から、従業員数1000人超の大きな会社まで実に幅広く仕事をされてきています。まずは社会保険労務士の事務所を開業した経緯から教えていただけますか。
松田 大学を卒業して、最初に入った会社が、借金の取り立てをメインの業務にしているような会社でした。
配属先は博多支店の管理部門でした。債務者が借金の返済を滞らせる恐れはないかどうかを常に把握して、いよいよ破たんというときには債権を保全するべく動くという実働部隊です。上司はみんな怖い雰囲気の人たちばかりで、12人いた同期はゴールデンウイーク明けには2人になっていました。厳しい環境でしたが寝食を忘れて仕事をしたことが職業人として私をつくってくれました。私の原点で心から感謝しています。
しかし、もともとは総務の仕事に就きたいと思っていたこともあって、自分もしばらく後に転職しました。その後、7年で2回転職して、最終的に総務の仕事に就けたのが29歳のときでした。
ただ、総務といっても、自分が本当にやりたかったのは人事に関する仕事で、それに必要な資格も取得したのですが、巡り合わせが悪かったのか、なかなか思いどおりの仕事に就くことができずにいました。そんなある日、社長が九州に出張でくるということだったので、私は運転手を買って出て、社長が九州で仕事をする3日間、運転をしながらさりげなく社長にアピールし続けました。
その努力が実ったのか、35歳のときに人事部に抜擢されました。希望していた職種に就くまで、かれこれ13年の歳月を費やしたことになります。
――そこまでして、やっと希望していた人事部に入れたのに、独立して社会保険労務士になったのはなぜですか。
松田 本社の人事部は優秀な人材の集まりでした。それこそ人事関係の雑誌に定期的に原稿を書いているような知識も経験も豊富な人がたくさんいて、会社のなかで人事のプロとして頭角を現すのは、相当に大変なことだなと実感しました。それで独立開業しようと考えたのです。
しかし、これはいまにして思えば最悪の選択でした。サラリーマンの世界で競争に勝てないからといって、安直に開業を目指したわけですから、開業してからが本当に大変でした。自分の能力を世に知らしめたいという思いだけはあったものの、自分ならではの仕事の独自性は何なのかとか、それを社会にどうやって役立てたいのかといったことはまったく考えていなかったので、最初から迷走しました。
とはいえ、初めてお客様が付いたのが、独立開業して2か月たった後の11月末です。それ以降は徐々にお客様の数が増えていったので、比較的運が良かったということだと思います。
2019年は社会保険労務士の資格が誕生して50年ですから、私が開業したのは資格ができて30年目のことでした。当時は競合もまだまだ少なかったことが幸いでした。
――松田さんの会社は社会保険労務士法人となっていますが、どのくらいの規模で商売をしていらっしゃるのですか。
松田 いまは全部で10人です。クライアントの数は120社で、スタッフが担当している会社数は100社です。残り20社は私が直接担当しています。私を除くと9人で100社ですから、平均すれば1人のスタッフで約10 社を見ることになるわけです。ただ、クライアントによってはスタッフ1人ではなく2人、あるいは3人で見るケースもあるので、人によっては1人で20社くらいを担当しているケースもあります。
――スタッフの定着率はどうですか。
松田 正直申し上げますと、あまり良いとは言えません。と申しますのも、社会保険労務士の仕事は独立開業を目指す方が多いので、最初、どこかの事務所に入ったとしても、そこにずっと勤務し続けるのではなく、一定の経験を積むと辞めて、自分の事務所を持つ人が多いのです。
あとは女性が多いので、結婚・出産によって辞める方も結構いらっしゃいます。介護によって辞めざるを得ない人もいますし、子供が小学校に上がるくらいまでは勤めていても、小学生になって野球やサッカーのスポーツなどを始めると、子供に多くの時間を割くことになって辞めるというケースもあります。
――世の中の変化によって、人事の世界も大きく変わらざるを得ない状況に直面していると思います。人口が減少するなかで、すべての会社が人材確保に並々ならぬ力を入れていますし、働き方改革によって生産性を高める必要もあります。
ただ、中小企業にとってのいちばんの悩みは、最大の人材ともいえる後継者問題、つまり事業承継をどうするかということです。社会保険労務士の仕事も、これまでのように社会保険関係だけをこなしているのでは、なかなかクライアントの要望に応えられなくなるのではないかとも考えます。
そこでお聞きしたいのが、社会保険労務士法人として、事業承継、後継者育成に関して、何かアドバイスをされるようなことはありますか。
松田 クライアントさんのなかにも、後継者へのバトンタッチを考えているのに、なかなかうまくできていないという状況は散見されます。
卸売、製造業などでは、ある程度時間をかけながら事業承継を進めても比較的うまくいくケースが多いのですが、IT業界のようにソフト化された仕事になると、スピードが大事になってきます。
また、どの業界であるかにかかわらず、母屋の調子が良いうちに新しいことにチャレンジさせて、何度か失敗したとしても、またチャレンジさせるようなことが大切になっていると感じます。すると、後継者の年齢が若くないと、次のビジネスチャンスをつくるときに、短いあいだしか活躍できないという問題が生じてしまいます。
――たしかに、事業承継させるためには、後継者の年齢が大事です。50代だと完全に遅いですし、40代でも遅すぎるくらいです。後継者へのバトンタッチで成功を収めた事例を見ると、30代が最も成功確率が高いと思います。
しかも、大企業は6、7年に一度、社長が変わるのに対して中小企業は30年に一度、早くても20年に一度しか社長が交代しません。そうなると、一人の社長が経営の舵取りをしているうちに、時代は相当変わってしまいます。
事業承継は会社を変えるための最高のチャンスだと思いますし、いまの事業がダメになる前に事業承継をしていかないと、会社の発展はなくなってしまいますが、中小企業経営者はなかなかそういう意識を持つことができていないですね。
松田 一つは変わることが怖いからではないでしょうか。あと銀行も保守的なので、何か新しいことにチャレンジしようとしても、とくに中小企業の場合、銀行が融資に対してイエスと言いません。
――ご自身の会社の事業承継についてはどう考えていらっしゃいますか。
松田 うちの事務所に限っていえば、先日、カンボジアで会長にお世話になった息子が、事務所の経営を引き継ぎたいということで手を挙げています。
彼は5年前に勤めていた銀行を退職して私の事務所に入ってきました。安定したサラリーマンの生活を捨てて飛び込んできたのですから、自分が引き継いでいくという自覚はあるのではないかと思います。後継者にふさわしいと周囲からも認められるようになるにはまだ時間がかかるでしょうが、正直なところ、専門職育ちの私と違って、彼の方がリーダーの素養はあると思います。そして、継ぎたいという人がいるだけでも幸せなことだと思っています。
私たちの社労士業界についても、従来の業務については存立の瀬戸際といいますか、これまでの延長線ではまったく立ち行かなくなってきています。早く、若い世代への交代ということがとても大切だと痛感しています。うちの息子がいま31歳なのですが、なんとか早く後継者としての実力を身につけてほしいと思っています。
――社労士業界の従来の業務が存立の瀬戸際だというのは、具体的にどのようなことを指しているのですか。
松田 電子政府が2022年度に完成して、社会保険・労務保険の手続きが電子政府のクラウド上でできるようになります。また大企業に関していえば、2020年3月にも就業人口の3割はクラウドに乗るようになるのではないかと思います。
そうなると、まず中抜きが始まります。クラウドのシステムは、勤怠、会計、社会保険、給料など、それぞれがバラバラのシステムではあるのですが、これが連携するようになります。そのうえ歳入庁ができれば、税金も社会保険料もすべて歳入として一括になり、機械でも処理できる仕事になっていきます。
そうなると、私たち社労士がやるべき仕事は、これからもっと上流に上がっていくでしょう。つまり人を介さないとできないアドバイザー的な仕事であり、そこに経営理念や志の大切さを説いていくことで、クライアント様の発展に寄与していくというイメージを持っています。
――労務関係の問題というと、これからますますセクハラ、パワハラといったハラスメントの問題が深刻化していくように思えます。そのような問題に対応する仕事は増えていますか。
松田 最近は管理職、社長のみなさんは本当に困っておられます。訴える側は、言うのは簡単だから、とにもかくにもハラスメントだと言う。ですから、それに対して正しい対処法の知識がないと応酬できない。専門家に聞いてから応酬するようでは遅いので、事前にハラスメント研修を受けるケースが増えています。
――私はそういうことが問題になるのは、コミュニケーションが不足も一因なのではないかと思っています。たとえば私と松田さんが非常に親しい関係だったら、「おう、最近太ったな」といっても、それは親愛の情による言葉であって、パワハラだとは受け取られないと思うのです。
松田 その意味では、社内の人間関係がしっかりできていれば、セクハラもパワハラも起こらないのではないでしょうか。最近はIT化が進んだことによって、何でもメールなどのコミュニケーションツールで終わらせようとしますが、それだけではなく、たまには電話もかけたほうがいいのでしょうね。
――友人の一人に、教員を30年務めた人間がいます。その方は子供と信頼関係を築くために考えた「宝物ファイル」というメソッドを持っていて、それを企業経営に転換して使えるようにしたところ、セクハラゼロ、パワハラゼロ、退社ゼロになったそうです。
そのファイルがどういうものかというと、社長も部長も、そして従業員も、自分のプライベートも含めてファイルにあらゆることを書き込み、そこで自分自身をさらけ出します。そうすることによって、お互いがいままで知らなかった、見たことがなかった一側面を新たに知ることになって、コミュニケーションが円滑に進むようになるそうです。要はコミュニケーションツールとしてそのファイルを使うわけですね。
そして、お互いの良いところを認め合うことによって、それがものすごく強いチームワークになっていくのです。
松田 会長がおっしゃるように、社長の自己開示、上司の自己開示は、組織をつくっていくうえで良く機能するそうです。「宝物ファイル」のことは存じませんでしたが、自己開示のできる場所をつくるということでは、キャンプファイヤーが良いという話を聞いたことがあります。
私たち社労士のあいだでも、仲間づくりをするときにはキャンプに行って焚き火を囲んだりします。焚き火の前に並んで話しているうちに、普段は話題にしないことも話せるようになります。そして、一気に相手との距離感を縮めることができるということを、私自身もこれまで幾度となく経験してきました。
最近はプライバシーがどうだとかいろいろ言われて、社外で何かをするのが会社としてやりにくくなっています。しかし、組織というのは人間同士のつながりでできているので、仕事を越えて誰かとのつながりを欲しがっているケースもあると思うのです。
いまうちの事務所でも在宅勤務を進めています。事務手続きを行なうならば在宅でやったほうが業務の効率化がはかれるのは事実ですが、実は本音としては会社にきたいと思っている人が結構います。会社にくればそこに仲間がいて、仕事にとどまらないコミュニケーションもあるわけです。だから、効率が悪いと思いながらも時間をかけて通勤してくるし、そこでお互いの存在や、仕事のやり方を認め合うことが、人間には必要なのだと思います。
――アメリカのIBMやヤフーも在宅勤務を導入しましたが、1年目は良かったものの、2年目以降は逆に業績が落ち込んだそうです。なぜなら働くことに対する緊張感がなくなり、社員が堕落してかえって生産性が落ちたからです。
だからIBMもヤフーもいまは在宅勤務を禁止にして、会社にこさせるようにしたそうです。組織のあるべき姿は、フェイスツーフェイスのコミュニケーションによって支えられるものだという証左ですね。
松田 そうですね。結局、在宅勤務になるとメールがメインになり、文字情報を中心にしたやりとりしかなくなるので、ちょっとした所作や表情の変化までは読み取れません。しかし、人間同士のコミュニケーションを成り立たせるためには、ちょっとした所作や表情の変化などがむしろ非常に大切なのです。今後、必要に応じて在宅勤務を広めていくなら、その部分をどう補完していくのかが重要なテーマになると思います。
これから超高齢社会で介護問題が深刻化していきますから、どうしても介護で動けない人にとっては、在宅勤務が有力な働き方になるでしょう。多様な働き方を実現するうえで在宅勤務という選択肢があることは歓迎するとしても、それが万能であるとして全体に広げてしまうと、うまくいかない場面もたくさん出てくるように思います。
――もちろん、フェイスツーフェイスのコミュニケーションにも、組織から浮いてしまう人がいるとか、ネガティブな面もあると思います。その点について、人事労務の専門家の立場から、なにか注意すべき点などはありますか。
松田 ひとつアドバイスするとすれば、「水清くして魚住み難し」というのは会社においても同じということです。生態系には必ず雑菌が存在します。それが不潔だとして除菌する人がいますが、除菌し過ぎると免疫が落ちて病気になるケースもあります。
子供のアトピーを治す方法のなかに、雑菌の宝庫のような砂場で遊ばせるというものがあるのですが、これは皮膚の組織や免疫を活性化させるためです。だから、雑菌を恐れないことが大事なのではないでしょうか。
――雑菌と共存していく懐の深さが必要だということですね。最近の学校教育においても、同じようなことはあてはまるように思います。最後に、松田さんにとって経営とは何ですか。
松田 信仰ですね。ある種の宗教だと思っています。それぞれの経営者とって信じるものがあります。たとえば大久保教があっても、稲盛教があっても、松下教があってもいいでしょう。そして、会社は経営者が信じている方向に向かって行くのだと思います。
私自身は家族的な会社であり、関わる人すべてを幸せにする会社を目指しています。アメリカでは優良企業の多くが、社員はファミリーだと当然のようにいい、人の成長と企業の業績伸長は一体のものだと考えるようになりました。一方、日本には、買い手良し、売り手良し、世間良しという近江商人の三方良しの伝統があります。江戸時代後期の郷村再興に尽力した二宮尊徳は「道徳を忘れた経済は罪悪である。経済を忘れた道徳は寝言である」という言葉を遺し、経世済民の本質を説いています。
そうした会社の在り方は社員にも表れると思っています。それぞれの経営者が何を信じるか次第で、結果が大きく異なってくるところが、経営の面白いところでもあるし、恐ろしいところでもあると思います。
――経営者とは何でしょうか。
松田 祭祀のようなものでしょうか。こういう集団、会社をつくりたいということを、ずっと念じている存在に近いのかもしれません。経営者が「こうあるべきだ」、「こうしたい」ということをいちばん願っていて、その方向性が正しいもので、そのためにきちんと行動していけば、いずれは社員の幸せにつながっていく。そういうものだと思っています。
――ありがとうございました。
設立:1999年10月
社員数:10名
事業所:福岡県福岡市東区多の津1丁目14-1 FRCビル9階
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※ 本記事は、2019年10月に株式会社フォーバルから刊行された『王道経営』第7号に掲載されたものであり、掲載当時の情報となります。