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【PICC会員企業紹介 大久保会長との教育談義】
※ 本記事は、2023年12月に株式会社フォーバルから刊行された『王道経営』第25号に掲載されたものであり、掲載当時の情報となります。
中小企業に対する人材育成・組織づくりを中心とした経営コンサルタントとして、その会社で働く人たちが成長し、自分の力を発揮して、活き活きと働けて幸せになるような会社づくりをサポート。その仕事の傍らで、社外活動として子どもたちに出前授業を行う活動も続けている谷川宏樹さんに、これまでの取り組みや教育に対する考え方について伺いました。
株式会社アイ・コンサルティング
取締役 谷川宏樹(たにかわ・ひろき)
横浜国立大学卒業後、住宅設備機器の大手メーカーにて、事務部門(経理・人事・総務)、営業部門(ルート営業・新規開拓営業)を一通り経験。中小企業診断士の資格取得後、㈱アイ・コンサルティングの経営コンサルタントとして、人材育成・組織づくり、経営理念の浸透支援、経営計画策定&実行支援などに従事。ヒトの開花を人生のテーマとして位置付けており、社業のみならず、一般社団法人公益資本主義推進協議会では東京支部教育支援委員長を務め、子どもたちへの出前授業活動に取り組むほか、教育立国推進協議会の民間有識者メンバーとしても日本の教育改革に参画。
―― 谷川さんは教育立国推進協議会の民間有識者メンバーとしてご一緒させてもらっていますが、普段は経営コンサルタントであり、かつ公益資本主義推進協議会・教育支援委員会の活動として子どもたちへの「出前授業」も行っていらっしゃいます。今回は出前授業の内容もさることながら、経営コンサルタントとして携わっていらっしゃる人材育成や組織づくりの観点から、教育にかける想いなどについて、お話を伺っていこうと思います。
まず、谷川さんが所属されている株式会社アイ・コンサルティングの事業内容から教えていただけますか。
谷川 代表取締役の竹中万三彦が平成元年に創業した、中小企業の経営支援事業を行っている経営コンサルティング会社です。とくに地元企業の経営体質強化に強いこだわりを持っているのですが、「体質強化」は経営も人間の身体も同じで、悪くなってから治すのではなく、病気になりにくい元気で健康な体質をつくることが大切だと考え、そこに力を注いでいます。
企業の経営体質は、営業力、商品・サービス力、人材組織力、そして財務体質の4点がポイントですが、結局のところ、すべて人間が行っています。企業の機能はすべて人によって支えられている。だからこそ事業は人なり、であるわけで、突き詰めれば人材育成と組織づくりこそが、私たちの企業支援の核といえます。
―― なぜ経営コンサルタントになろうと思ったのですか。
谷川 何となく入れそうな大学に入り、とくに何がしたいわけでもなく、流れに押し出されるような形で社会人になりました。最初はタカラスタンダードという、総合住宅設備機器の製造・販売を行っている会社に入ったのですが、これも別段、自分で住宅設備に興味があったわけでなく、友人から誘われるまま入社試験を受けたら内定をいただいたという具合でした。配属に関しても、営業がしたいとか、経営企画をやってみたいという希望はとくになく、たまたま経理部門に配属されたということで、働き始めたのです。
1年目はとにかく仕事を覚えるのに必死でしたが、2年目に入ってふと考えたことがありました。それが、「自分が本当にやりたいことって何だろう」ということだったのです。人生百年時代といわれるなかで、定年になる年齢がどんどん上がってきています。昔は55歳が平均でしたから、大学を卒業して働いても33年の職業人生でしたが、今は65歳定年が普通ですし、いずれ70歳定年という時代も来るでしょう。そうなると職業人生は43年、48年という具合に伸びていきます。これだけ長い職業人生を、何となく入った会社で、何となく与えられている仕事をこなす日々で良いのだろうか。そんなことを考えてしまいました。
当時、私が関わっていた仕事は経理です。今ではもちろん経理が非常に大事な仕事であることは理解していますが、当時はまだ若かったこともあってか、経理の仕事にあまりやりがいを感じられていませんでした。というのも、経理の仕事は正しくできて当たり前であり、評価軸はいかに間違いを減らすことができるのか、という減点方式なので、何かプラスのことをやって褒められるというチャンスがとても少なく思えていたからです。
では、どんな仕事なら自分はやりがいを感じられるのかと改めて考えたとき、はじめは医者に憧れたのですが、受験や学費などの面で現実的には断念しました。そうやって模索するなかで出会ったのが、経営コンサルタントの仕事です。最初は、ただ単に「カッコいい仕事だな」と思っただけでした。どことなく軍師のイメージがあったことも、そう思った理由のひとつです。経営コンサルタントについて調べていくなかで、中小企業診断士の資格を取得すると良いと書かれていたので、資格を取得するための勉強ができる専門学校のパンフレットを取り寄せました。すると、そのなかに「中小企業診断士とは、中小企業の医者である」という一文がありました。これを見た瞬間、「自分でもなれる医者がここにあったんだ」と思ったのです。そこから本気で勉強をして、経営コンサルタントの道を進もうと決めました。
―― それは面白い考え方ですね。たしかに、医師も経営コンサルタントも、人を助けるという点では同じですからね。
谷川 もうひとつ、この仕事を志した実体験があります。
私の伯父が町工場を経営していて、景気が良いときは心身ともに元気がみなぎっているという感じなのですが、不景気などによって経営が思わしくないと、本当に大変そうなのです。伯父が本当に苦労している様子を見ているうちに、きっと世の中には大勢の中小企業経営者がいて、誰もが経営で苦しんでいるはずだし、自分がそういう人たちの助けに少しでもなれれば、という想いもありました。
―― なるほど。そうやって経営コンサルタントになられた谷川さんは、その仕事の傍ら、子どもたちを対象にした出前授業を行うという活動を展開しています。具体的な活動の内容について教えていただけますか。
谷川 今の若者は、将来に希望を持ちにくい時代を生きていると思います。だからこそ中小企業の経営者として実際に社会で活躍しているメンバーとともに、中学校や高校、時には大学に出向いて、「仕事は本当に大変なこともあるけれども、実際にはとてもやりがいがあって、楽しいものなんだ」ということを知ってもらえるような授業をしています。とにかく前向きに進んでもらいたいし、「仕事とは何か」、「働くとは何か」という根本的なことを伝えたいし、理解してもらいたい。そういう想いを持って活動しています。その際には、ただ一方的に伝えるのではなく、根本的な問いかけに対して子どもたち自身が、自分の頭で考えることを重視しています。
―― 子どもたちに教えていて印象的なことは何ですか。
谷川 子どもたちの反応は、その場ではなかなかわかりにくいところがあります。素直に反応する子もいますし、なかなか素振りを見せない子もいます。だから、私は授業が終わった後で感想文を書いてもらうようにしています。
出前授業で、子どもたちに「仕事とは何か」ということを考えてもらうときに、よく私が話すのが、「もし世の中で誰も働いていなかったらどうなるのか」ということです。「今晩、お肉を食べたいと思ったとしても、誰も働いていなかったら、それはどこにも売っていないし、そもそもお肉を作る人たちもいないから、どうにもならないよね。お肉、食べることできないよね」というような内容です。子どもたちがそのことに気づいたとき、働いているご両親に対する感謝の念が生まれます。お肉を食べるなんてことは、当たり前のこととして疑問に思わないのでしょうが、実はその当たり前のことが当たり前になっているのが、いかにすごいことで、当たり前のことが当たり前になっている裏側に、どれだけのプロフェッショナルが働いているのかということに気づくのです。
子どもたちが書いた感想文を見ると、「私も将来、誰かの役に立てる人になりたい」、「人の役に立つ仕事がしたい」、「大人になったらちゃんと働いて、世の中を支えられる人間になりたい。そのためには勉強をしないといけない」といったことが書かれていて、ちゃんと自分の頭で考えて気づいてくれたんだなと、うれしい気持ちになりますね。
―― 若い人たちのなかには、良い学校に入ろう、良い成績を取って、有名企業に入ろうと考える人も大勢いるのですが、良い学校や良い就職先というのは、目標ではなく手段に過ぎないということに気づいてもらいたいですね。
たとえば、医学部に入学するのは人々を病気の苦しみから救うための手段に過ぎないのだと。だから、人生の目標とは何か、ということをしっかり子どもたちに教えることができれば、自然に志がしっかりしたものになってくる。今の子どもたちが知るべきは、そういうことなのだと思います。
―― ところで、出前授業をするための学校は、どうやって探しているのですか。
谷川 最初は文字どおりゼロスタートですから、まずは自分の母校から始めました。私は愛知県の中学校と高校で学びましたので、まずは出身中学校に電話をして訪問し、出前授業に関してご説明しました。それによって母校での出前授業が実現でき、その実績を持って2校目にもお話をさせていただ
きました。
2校目は私がいま働いているアイ・コンサルティングがある地元、神奈川県藤沢市にある中学校で、そこの校長先生とお話をしたことをきっかけに数校で出前授業を行いました。今はリピートもありますし、新規で紹介を受けることもあります。あとは「出前授業どっとこむ」というサイトからの紹介で行うこともあります。
これは実際に出前授業を行っていて実感していることなのですが、学習指導要領が変わったことによって、アクティブ・ラーニングなどが、授業の現場でどんどん浸透しているように思います。かつては、そうはいってもなかなか浸透しないところがあったのですが、今回の学習指導要領の見直しによって、だいぶ大きく変わったなという印象を受けています。
―― 特別支援学級でも出前授業をしていると聞いていますが、通常の中学校や高校で行うのに比べて、こういう点に留意しているとか、ここが大きく違うといった点があれば教えてください。
谷川 特別支援学級における出前授業に関しては始めたばかりで、留意点などを語れるほどの経験はないのですが、最初にある特別支援学級から出前授業の依頼を受けたときに、考えていたことがありました。
教育立国推進協議会の講演会で、元麹町中学校校長で、現在は横浜創英中学・高等学校で校長先生を務めておられる工藤勇一先生のお話を聞く機会がありました。
そのときに印象的だった話なのですが、一人の発達障害を持った子どもが、以前は1時間の授業を真面目に受けているのに、ノートには一言、二言しか書けていなかったものが、「パソコンで書いてもいい」と伝えたところ、数日後にはワードソフトにびっしりとメモが書かれていて、数カ月後には優秀なビジネスパーソンのプレゼン資料と見紛うかのような内容にまとめられていた、というエピソードです。
すごいことだと思いました。何か、ほんの少しのことにつまずいてできなかったことでも、少し違う方法を提案することで、どんどん物事をこなせるようになるのです。
もうひとつ、これはある方から聞いた話なのですが、欧米の一部の企業では、発達障害の人たちは特定の分野で非常に高い集中力を発揮することに着目して、その能力を最大限に発揮できる業務を行ってもらうために非常に積極的に採用活動をしているということでした。
これは非常に希望が持てる話だと思いました。いま、発達障害を持っている子どもたちにとって大事なのは、未来に希望を持ってもらうことです。
そんなことを考えていたので、出前授業においては、「仕事とは」という話に加えて、「世の中に仕事はたくさんある。日本だけでも職種は1万7000もある。だから皆さんも自分が持っている強み、得意を活かせる仕事がきっと見つかります」という話をしようと考えました。
ところが、事前打ち合わせのときに特別支援学級の先生方にお話ししたところ、「仕事とは」に関する点は非常に評価されたのですが、「得意を活かせる仕事がきっと見つかります」という点については、現実的には難しいという話をされたのです。
実際に彼らが就ける仕事は、宅配の仕分け作業だったり、お弁当の盛り付けだったり、あるいはビルの清掃だったりで、現実には選択肢の幅が非常に狭いというのが実情だというのです。
正直なところ、その点についてはもやもやしたところが残ったのですが、結局、「得意を活かせる仕事がきっと見つかります」という話はせず、世の中に宅配の仕分けという仕事がなくなったら、どうなってしまうのだろうかということを、生徒の皆さんに考えてもらうような内容にしました。
ただ、現実はまだまだ大変ではありますが、特別支援学級を対象にした出前授業は増やしていくべきだと考えています。
特別支援学級というものは一般の人にはあまりなじみがないのですが、なじみがないこと自体が大きな問題だと考えています。たしかに福祉サービスを提供するためには障がい者という区分は必要なのでしょうが、分けることによりその距離が遠くなりすぎてしまうのは、問題の解決につながらないと思うのです。
―― 谷川さんがもやもやしているところというのは、まさに社会や企業がこれから解決していかなければならない課題だと思います。それを解決するためには、どうすれば良いと思いますか。
谷川 特別支援学級を担当されている先生たちの考えとしては、まずは「子どもたちが最低限のことをできるようにする」ということを目標にしていて、何かひとつ作業をこなすことができ、なるべく周りに迷惑をかけずに働けるようにする、という意識が強いように思いました。
私は出前授業でほんの短時間、子どもたちに関わるだけですが、先生方は日々関わっていて、しかもきちんと社会に送り出す責任がありますから、現実的に考えなければ務まらないということは仕方がないと思います。
だから、その現実を変えていくことにこそ、企業人としての役割があると思いました。
なぜ子どもたちが、宅配の仕分けやお弁当の盛り付け、ビルの清掃くらいの仕事にしか従事できないのか。それは彼らに活躍の場が与えられていないからです。
では、誰が活躍の場を与えるのかというと、それは企業なのです。企業が特別支援学級の子どもたちを採用して、さまざまな仕事に従事してもらおうとしないから、特別支援学級の先生たちも、そう思わざるを得ない。
先生たちの考えを変えていくには、特別支援学級の子どもたちが活躍できる場を、企業が提供していくようにしなければなりません。そのためにはまず、垣根を低くして、距離が遠くなりすぎないようにする。そして、どんどん交流を深めて、情報を共有していく必要があると思います。
―― 谷川さんは、アイ・コンサルティングという会社のナンバー・ツーであるのと同時に、出前授業を通じて教育者としての顔もお持ちですが、企業はどのように教育と関わりを持つべきだと考えていますか。
谷川 私は出前授業を通じて、地域の子どもたちの教育に関わっていますが、企業自身が自社の社員の子どもたちの教育にもっと積極的に関わっていくべきではないかと考えています。
教育について語るときに、学校教育と家庭教育のみではなく、地域による教育支援も重要だという話がしばしばされます。私も地域の人々が協力して子どもたちの成長をサポートしていくことは望ましいことだと思います。
一方で、現代における地域社会の関わりについて見てみると、ご近所付き合いを嫌う人が少なくありませんし、大都市のマンションなどでは、ご近所の人の顔すら知らないというのが、むしろ普通なくらいです。ですから、地域社会による子どもの教育については、昔のような状態に戻ることは難しい気がします。ただ、地域に代わるものとして企業という存在があるではないか、という希望を持っているのです。
人々が何かしらの形で生計を立てている以上、企業との関わりをまったくないものにすることはできません。誰もがどこかの組織と関わりを持って働き、生計を立てています。そうである以上、企業が社員の子どもの教育や子育てに関わることが普通になれば、そこで救えることも増えてくるのではないかと思うのです。
そういう意味では、学校、家庭、企業の三位一体での子どもの教育が、これから重要になってくるのではないかと思います。
そのやり方はさまざまだと思います。たとえば子どもを職場見学に参加させて、実際に親がどうやって働いているのかを見せる。あるいは、出前授業を地域の学校単位で行うのではなく、社員が社員の子どもたちを集めて、企業単位で行ってもいいでしょう。
私の知り合いのケースですが、採用活動のためのインタビュー動画を作成し、そのなかに社員が登場して、仕事のやりがい、苦労話、その苦労を乗り越えたときの喜びなどについて語った映像を、ユーチューブにアップしました。それをインタビューに答えた社員の子どもが見たらしいのですが、その子はその動画が気に入って何度も何度も繰り返し見ては、「お母さん、かっこいいね」と言ったそうです。その話を聞いたとき、これだなと思いました。
社員が自分の仕事について、そのやりがいや楽しさ、ときには苦しんだことについて語る。語っているうちに、おそらく語っている社員自身も、自分のなかで何かが高まり、自分を変えるきっかけづくりになる。
それを映像で見せるのか、それとも出前授業のような形で見せるのかはともかくとして、それを通じて子どもたちは仕事の楽しさを知っていく。
社員が仕事について語ることは子どもの教育であると同時に、最高の社員教育でもある。これを広めていきたいと考えています。
―― 学校教育だけでなく家庭教育が大事であることにはまったく同感です。その家庭教育をしっかりさせるためには、企業の社員教育も大事になってきます。なぜなら、子どもの親が家に帰ってきたときに、仕事の愚痴ばかりを言っているようであれば、子どもたちは社会に対して希望を持てなくなってしまうからです。
大事なことは、社員がその子どもに対して、「仕事って、こんなに面白いものなんだぞ」ということを、家庭で胸を張って言えるようにすることだと思います。
そのためには、企業における社員教育も大事になるし、企業経営者は同時に教育者なんだという自覚を持つことも大事ですね。
谷川 その点では、経営者の在り方が大事だと思います。日本は中小企業が大多数を占めていますが、中小企業の場合、経営者自身が本気で取り組む姿を見せないと、会社自体がその方向に動くことはありません。
いま、社員のリスキリングが必要だといわれていますが、経営者自らがその必要性を理解しないと、何も進みません。
―― そうですね。まずは経営者がいちばん勉強するべきなのに、それをやろうともせずに、社員にやらせようとしても、何も動かないでしょうね。
最後に、谷川さんにとって、教育とは何でしょうか。
谷川 教育は人類を成長発展させるいちばん大きな力、というふうに捉えていますが、もっと私個人の人生観から申し上げますと、自分の生きた証を残せるもの、ではないかと考えています。
人生百年時代などと言ったところで、46億年という地球の歴史からすれば、本当に短い時間でしかありません。また、一人の人間は、世界人口から見れば、たったの80億分の1の存在です。
それでも、自分が生きてきた証を、何らかの形で未来につないでいきたい。そう考えたときに、教育で人に何かを伝えていくことはまさに永遠の命になると思うのです。
たとえば私が出前授業を通じて子どもたちに話したことが、子どもたちにとって、何かを変えるきっかけになったとしましょう。
そうすると、その子どもたちが人生を歩んでいくなかで、また次の誰かに影響を与えることになります。つまり、出前授業に参加している子どもたちだけではなく、その先まで影響が及ぶわけです。
そのようにして、人々の交わりのなかで練り上げられた知見が、後世の人たちに伝わっていく。そう考えると、自分の存在が永遠のものになっていく。それが教育のロマンだと感じています。
―― では、教育者とはどういう存在なのでしょうか。
谷川 教育者は、教育によって及ぼす影響の大きさを知り、それに対して真摯に向き合える人でなければならないと思います。なぜなら、教育は良い方向に影響を及ぼせば強みを発揮できますが、時には悪い方向に作用することもあるからです。
私は、経営者こそ教育者でなければならないと考えます。たとえば学校で素晴らしい恩師に出会い、素晴らしい教えを授かったのに、社会に出て最初に入った会社がとんでもない会社であれば、せっかく築き上げた良い価値観が崩れてしまう恐れがあります。
さらには、その人が結婚して子どもをもうけ、その子どもたちが、良くない価値観に染まった親を見て育ったらどうなるでしょうか。恐ろしい話だと思います。
だから経営者は、教育者として教育がもたらす影響が非常に大きいという事実にきちんと向き合い、同時に正しいことを徹底的に追求し続けられる人でなければならないと思います。その自覚を持てる人こそが、真の教育者であり真の経営者といえるのではないかと思います。
―― ありがとうございました。
学校の出前授業で常に心掛けているのは、子どもたちに「自分の頭で考えさせる」ことです。
これは、子どもを対象にしているからということではなく、企業の人材育成の場でも同じです。「授業」というと、通常は先生が一方的に話をして、生徒がそれを黙って聞くというのが一般的です。
しかし、大事なのは自分で考え、自分なりの課題解決方法を導き出すことにあります。だからこそ、「仕事とは何か?」「働くとは何か?」という、根本的な問いかけを子どもたちにするときも、自分の頭で、それがどういうことかを考えてもらうようにしているのです。
他に、子どもたちに接するときの心持ちとして、子どもたちの幸せな人生を願う、彼らの成長を心から応援する気持ちを、強く持つようにしています。私の考えを聞いてもらうということではなく、子どもたちが必要とするもの、子どもたちの成長のために役に立つことを伝えるという気持ちです。
また、もうひとつだけ心掛けているのが、気負わない、ということです。
子どもたちの人生は、まだまだ先が長い。だから、私が彼らの人生に強い影響を与えようなどとは考えていませんし、それは非常におこがましいことだと思うのです。
マーケティング分野で「カスタマー・ジャーニー」という言葉があります。
直訳すると「顧客の旅」になるのですが、要は顧客が製品やサービスに出会い、購入・契約に至るまでの道筋のこ
とを、このように言います。そして、それは人間の成長にも似ています。
誰かの話を聞いて、雷に打たれたかのようなものすごい衝撃を受け、人生が一変するというケースは、滅多にあることではありません。そのときは「いい話を聞いた」と思っても、人間ですから、時間の経過に伴って記憶が徐々に薄らいでいくのが普通です。
とはいえ、一方で人間の潜在記憶というのはなかなかすごいもので、忘れてしまったようでいて、実は脳のメモリーの片隅にはしっかり記憶されていたりするのです。
そのため話を聞いた後、たとえば5年後、あるいは10年後であったとしても、自分が他の人から話を聞く、あるいは自分がさまざまな経験を積んでいくなかで、昔、記憶されたメモリーが呼び起こされ、突然、話がつながったりすることがあるのです。
「あー、あのときに聞いた話は、こういうことだったんだ」と思うような瞬間を、誰もが経験しているのではないでしょうか。そういうふうに、頭の隅に記憶されるような何かを伝えられたらと、いつも思いながら出前授業をしています。
こうした出前授業を通じて、子どもたちと向き合っていて思うのは、子どもの教育も、社会人の人材育成も、根っこは同じだということです。
私たちが中小企業を対象にして行っている人材育成プログラムの内容は、根本的なこと、基本的なことについて、徹底的に自分で考えてもらうことが中心です。
物事の見方、捉え方、「仕事とは何か?」「組織とは何か?」「営業とは何か?」「マネジメントとは何か?」といった根本的なことを、ひたすら考えてもらうのです。
なぜ根本を考えることが大事なのでしょうか。それは社会人になり、責任をもって働いていると、日々の仕事に忙殺されて、根本的なことを忘れ、目の前にある日々の仕事をこなすのに精いっぱいになってしまいがちだからです。
子どもたちにも物事の根本を考えてもらいたいと思っていますが、本当にそれを必要としているのは、社会に出て働いている大人たちなのかもしれません。
※ 本記事は、2023年10月に株式会社フォーバルから刊行された『王道経営』第25号に掲載されたものであり、掲載当時の情報となります。