PICC Member
【PICC会員企業紹介】
※ 本記事は、2023年10月に掲載されたものであり、掲載当時の情報となります。
「10代の頃、人と話すことも、外に出るのも怖い時期があった。でも、救いの手を伸ばしてくれた人がいた」──そう語るのは、認定NPO法人 D×P(ディーピー、以下 D×P) 理事長の今井紀明さんだ。2004年、高校生だった今井さんは、イラクの子どもたちの医療支援のために当時紛争地域だったイラクへ渡航。現地の武装勢力に人質として拘束された「イラク人質事件」の当事者であり、帰国後は「自己責任」の言葉のもと日本社会から大きなバッシングを受けたという。
「社会復帰が難しい状況だった」と自ら振り返る状況を恩師に救われた経験や、生きづらさを抱えた高校生との出会いから、今井さんは「10代の孤立」という社会課題に向き合うD×Pを2012年に設立。「学校」と「インターネット」の2つのフィールドを中心に、支援の場を広げ続けている。
今井さんはPICC(一般社団法人公益資本主義推進協議会、以下 PICC)との出会いを「社会貢献に関心のある経営者との交流が何よりも学びになった」と語る。D×Pの創業から現在に至るまで続く理念と、PICCで学んだという社会貢献と組織運営を両立させることの意義を伺った。
認定NPO法人D×P 理事長 今井紀明さん【画像提供:D×P】
「ひとりひとりの若者が、自分の未来に希望を持てる社会を作っていく」。それがD×Pのビジョンです。
私がこうした支援を始めたきっかけは、9.11のアメリカ同時多発テロ事件でした。戦争は子どもたちにも多くの被害をもたらします。当時の私は16歳でしたが、子どもを取り巻く不条理な状況を変えたいと思い始めたんです。そこからユニセフでのボランティアや、イラクの子どもたちに向けた医療支援のNGOの立ち上げなどの活動を始めました。「イラク人質事件」の当事者となったのは、その時です。
解放され帰国した後には多くの非難を浴びました。見知らぬ人から突然殴られることもありましたし、住所も公開されてしまったので攻撃的な手紙や電話もたくさん来ました。誤報も多い事件だったので「自作自演なのでは」と疑われることもあったんです。
まだ10代だった私は、それから引きこもり状態になり、約5年ほど社会復帰できない時期がありました。私の場合は運がよく、高校の恩師や同級生など、いろいろな方に助けていただいて社会復帰ができました。同時にその頃、通信制高校に通いながらも進路が未決定となってしまう、生きづらさを抱える高校生と出会ったんです。私が経験した社会復帰を「運のよさ」で終わらせないために、仕組み化しようと立ち上げたのがD×Pでした。現在に至るまで、このビジョンに沿う支援事業を展開しています。
PICCに入会したきっかけは2014年。10代の支援をする仲間をもっと増やそうと、さまざまな経営者の会合に参加していた頃でした。そのうちの一つがPICCだったのですが、大久保会長や集まった経営者の方のお話を聞いて、「社会的な事業に関心を持つ方がこんなにたくさんいるんだ」と、それ自体が私にとって大きな学びになりました。みなさん、とても熱心に話を聞いてくださるんです。
PICCは公益資本主義を推進し、王道経営実践7つの柱として「社会性」や「独自性」などを掲げています。そして会員の方々は自らその実践活動に取り組んでいますよね。私たちのようなNPO法人は社会課題を解決していくために存在しているという前提があるので、PICCに身を置くことでその原点を学ばせていただいているところがありますね。
会員の方に経営の相談に乗っていただくことも多く、とても勉強になります。D×Pの組織はアルバイトを含めて40名ほどになるので、社会貢献と組織経営を両立させる必要があります。NPO法人のリーダーは社会的な支援に集中することが多く、組織経営のことを考える機会はあまり無いんです。ですが、支援だけでは組織が成長していきません。PICCで会員の経営者の方々とつながり、交流できているのはとても大きな学びになっています。
PICCが提唱する「王道経営実践7つの柱」のうち、「経済性」「公平性」「継続性」「改善性」を中心にお話しします。
まず経済性としては、私たちは寄付型のNPO法人ですが、寄付者の方にもご説明の上で、所在地である大阪府の平均給与並みの人件費をお支払いしています。一般的にNPO法人は給与が低いと言われがちなのですが、経済性の部分が無いと持続可能な組織経営ができないため、重要視しています。
公平性については、社員やその家族に働きやすい環境を提供していくことです。私たちはあえて365日対応しないように、例えばユキサキチャットも土日はお休みにしています。その理由は継続性とも関連しますが、相談員が疲弊してしまうと対応ができなくなりますし、NPO法人では燃え尽き症候群(バーンアウトシンドローム)がよく起きるためです。365日、ひたすら活動に時間を費やすことも可能かもしれませんが、そうすると組織の持続可能性が減少しますし、事業の広がりも持てなくなっていきます。これは直近の3、4年で私自身の働き方から変えていき、実践したことでもあります。
継続性については、理念やビジョンが組織内に共有されていることも重要です。私たちが掲げているものに「2030年ビジョン」というものがあり、まずは対象とする孤立した若者に対して、全体の3割までリーチすることを目標としています。その中期計画についてはスタッフとも定期的に議論していますが、その規模になると私たち単独で実現するのは難しい領域になってきます。そこで、行政への提言や他のNPOへのノウハウ提供などを行うことで、社会が全体となって一緒に支援していける未来を目指しています。スタートアップの経営理論としても、3割のシェアをつかむと社会的に変わるというデータがあるので、現在はそれを目標としています。
改善性については、この支援領域は未着手な部分や大人から見えない部分がかなり多いので、日々新たな課題に向き合っています。例として、2020年頃から「トー横キッズ(東京は新宿の新宿東宝ビル周辺の路地裏にいる若者)」や「グリ下キッズ(大阪は道頓堀のグリコ看板の下にいる若者)」のような、居場所のない若者のコミュニティが話題になり始めました。実は、繁華街にいる10代からのオンライン相談がとても多かったんです。そこで、スタッフが提案して始まったのが、テントを立てて若年層が自由に使えるフリーカフェをグリ下で運営する「街中アウトリーチ事業」です。これは大阪では初の試みで、テントに来た若者への飲食の提供や公的機関との連携など、必要な支援の提供を始めています。
私たちは大阪府を拠点とする、10代の孤立に向き合うNPO法人です。現在は25歳まで対象年齢を広げ、ユース世代(13歳〜25歳)にアプローチしています。通信制・定時制高校における対話授業や居場所づくり、LINE相談窓口「ユキサキチャット」などのオンラインでの活動をかけ合わせ、既存のセーフティネットでは拾い上げられなかったユース世代とつながる活動を行っています。
2012年の設立以来、D×Pが関わった生徒数は10,997名、LINEの登録者数は11,551名にのぼります。2023年9月現在、寄付者は4,000人以上、サポーター企業も100社を超えました。 子どもの支援を行うNPO法人自体は数千の団体が存在しますが、D×Pのような規模で食糧支援や現金給付支援を行うような団体は数が限定されてくると思います。
寄付型だからこそ独自の支援ができていると思うので、いずれは独立した資本で、若者が自分の未来に希望を持てる社会を作っていくのが目標です。社会保障制度から抜け漏れていく子どもはどの時代でも出てくるので、さまざまな地域で支援を広げていき、いつかはアジアでも支援をしていきたいですね。
認定NPO法人D×P
https://www.dreampossibility.com/
13歳〜25歳に向けたLINEの相談窓口「ユキサキチャット」
https://www.dreampossibility.com/yukisakichat/
今井 紀明
認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長
1985年札幌生まれ。立命館アジア太平洋大学(APU)卒。神戸在住、ステップファザー。高校生のとき、イラクの子どもたちのために医療支援NGOを設立。その活動のために、当時、紛争地域だったイラクへ渡航。その際、現地の武装勢力に人質として拘束され、帰国後「自己責任」の言葉のもと日本社会から大きなバッシングを受ける。結果、対人恐怖症になるも、大学進学後友人らに支えられ復帰。偶然、中退・不登校を経験した10代と出会う。親や先生から否定された経験を持つ彼らと自身のバッシングされた経験が重なり、2012年にNPO法人D×Pを設立。
経済困窮、家庭事情などで孤立しやすい10代が頼れる先をつくるべく、登録者11,000名を超えるLINE相談「ユキサキチャット」で全国から相談に応じる。また定時制高校での授業や居場所事業を行なう。10代の声を聴いて伝えることを使命に、SNSなどで発信を続けている。
※ 本記事は、2023年10月に掲載されたものであり、掲載当時の情報となります。